「内定のために自殺未遂」の記事を読んで思う、企業の言う「情熱」が何なのか分からないと思う話
就活自殺、内定のため命まで投げ出す大学生 - 就活ニュース:デジタル版
読みました。
簡単に説明すると、ある就活生が内定をもらうために、その本気度を自殺未遂という手段を使ってアピールした。というお話です。
まぁどう考えても創作ですし、創作としてもあまり面白いとは思えません。
でも、どこかしら現実味があるというか、「ないないない」と思っておきながら「本当にありかねない」とも思わせる内容です。
この記事を読んで、現代の就活は~と批判するのは簡単です。でも就活制度の批判を書くつもりはないので触れません。
僕がこの記事を読んで思ったのは、企業に対して「本気度」を伝える手段がよく分からないからこそ、面接以外の手段を選ぶことを就活生は考えてしまう、ということです。
要は企業が見せて欲しいと言う「本気度」「情熱」が何なのか分からないんです。
僕もこの件では非常に悩み、結局答えがわからないまま就活が終わりました。
はじめてそのことに気が付いたのは、ある企業で1次面接をした時です。カタい形式ではなく雑談みたいな面接で、落ち着いて話すことが出来ました。
面接が終わったあと、見送りの際に人事からふとアドバイスを貰いました。
「もっと情熱を伝えられるといいね」
その面接は合格し2次面接に進むことが出来ましたが、僕はその言葉で非常に悩みました。情熱を伝えるとは具体的に何をすればいいのか。それが分からない。
2次面接までに夜通し企業研究や自己アピールを磨き、饒舌に話せるよう練習を繰り返しました。それが僕なりに考えた情熱の伝え方です。
2次面接では練習のかいもあって問題なくスラスラ会話が出来ました。自分としては必死にやった練習の成果が出たものであり、情熱を伝えられたものでした。
面接終了後、再び人事に見送られる際に、「今の面接はどうでしたか」と聞きました。すると人事から
「もっと情熱をこめられたらいいかな」
僕は唖然としました。夜通し企業研究し、面接の練習をして饒舌に話せるようになっても、情熱として受け止められることは無かった。
その面接は落ちました。
企業の言う「情熱」「本気度」はなんなのか。面接で耳が痛くなるほどの大声で話せば情熱なのか。「言葉が詰まってもアツくアピールしてくれればいい」のなら、練習を繰り返してスムーズかつ冷静に話せるようになったのは情熱ではないのか。僕は分からなくなりました。
僕は情熱や本気度は時間をかけて伝えるものだと思っています。数ヶ月もしくは数年関わりを持って、相手に伝えるものであると。
それを30分程度の面接で伝えるにはどうすればいいのか。30分程度で理解できる情熱でなければ社会では通用しないのでしょうか。それなら、まだ学生の僕には理解できないことです。
面接で企業に本気度を伝えることは本当に難しい。そもそも企業が求めてる本気度を表現する具体的な方法が分からない。だから面接以外の手段で見せればいいのかと考えてしまう。感謝状を送ったり、挨拶し回ったり。
だからあの記事における就活生の行動も多少の現実味があるように感じました。この人は本気度を自殺未遂というかたちで企業に伝えた。面接以外の手段ということで考えれば手紙を送るのとあまり差はないように思います。
でもまぁ自殺未遂は極端な話です。創作を鵜呑みにしないで就活、頑張りましょう。